文を書き続けていたら、結婚していた

タイトルからして、どういうことだと思うだろう。
今からもう20年以上前の話になるけれど、僕はブログを書いていた。
そのブログをずっと書き続けていたら、気づいたら結婚をしていた。
これはその時のお話。
1.ブログブームに乗って
僕が学生の頃、ブログの女王・眞鍋かをりさんや、しょこたんなどの芸能人が、ブログという媒体で自身の生活について話をする、ということが流行っていた。ブログブームである。
インターネットが出る前には芸能人の考えていることや私生活などはベールに包まれていたから、ブログという形で世にそれが知られるようになることは、なかなかに画期的なことだったように思う。
そしてそのブログという発信媒体は一般の人の中にも浸透していき、今はスマホやSNSの時代であまり見られなくなっているのかもしれないけれど、形として残ってはいるし、僕もブログは続けている。
そんなブログを、大学2年生の頃だったろうか、その時遊んでいた友達と「なんか楽しいことやってみようぜ!」とノリで始めたのがきっかけだった。
使っていたのは眞鍋かおりさんと同じライブドアブログ。
今振り返っても、ケータイでも(スマホではない)サッと書いてサッとアップできる手軽さも良かったように思う。
今でこそ社会生活が長くなり真面目なこともこうしてnoteに書いたりしているけれど、当時は暇な大学生だったので「今日はこんなことがあった」、「〇〇がこんなことをして面白かった」という日記を書いたり、観にいったライブの感想や、当時趣味だったトイカメラについて書いたり写真をアップしたりしていた。
それは、友達同士で読み合ってコメントをする、内輪の交換日記の延長みたいなものだった。ちょうど同じ頃流行っていたmixiと同じようなものである。
当時僕のライブドアブログをmixiに連携させていたこともあったし、途中からはmixiはまた別に日記を書いていたような気もする。
自然と、mixiは日常のことを書いて、
ブログは音楽のことや、写真など趣味のことを書く
というふうに使い分けていったような気がする。
2.就職と共に疎遠に
こうして大学2年の頃に始めたそれらのツールを使い、たまに思いついた時につらつらと文章を書いていたのだけど、就職とともに忙しくなり、なんとなく疎遠になっていった。
周囲ではmixiで日記を書く人もだんだんと減っていき、友達がどこで何をしているのかも、あまりわからなくなっていったような気もする。
僕が作っていたブログも、就職して毎日が忙しく時間もなくなり、私生活でも変化があり、なんとなくそのままにしていた。
もう書いていないし、誰も読んでいないし、赤裸々に学生生活のことを書いていて読み返すと恥ずかしいし、消してしまおうかなとも思っていた。
けれど、なんとなくそれも面倒くさかったり、もったいなかったりして放置していた。
3.訪れた、転機
そうして、就職してから1年半ほどした頃、その時ブログに載せていたフリーアドレスに、1通のメールが届いた。
なんでもその人は、僕が当時使っていた「Natura Classica」というカメラについて検索をして、ブログに辿り着いたのだという。
他にもブログにHOLGAというトイカメラの写真もアップしていたりしたものだから、機種は違えど同じトイカメラをやっていたということもあり、興味を持ってメールをしてくれたのだそう。
それが、のちの妻である────
妻は、どうしてその時そのブログの書き主にメールをしようと思ったのか、今もわからないそうだ。
出会いを目的としたものでもなかったし、なんなら、ずっと年上のおじさんだと思っていたようだ(学生の頃やってたブログなのに…)。
気になっていたカメラの名前で検索してブログに辿り着き、どの写真がメールをするきっかけとなったのか、わかっていたらまたロマンチックなものだが、それがどの写真だったのかはわからないし、彼女も覚えていないそうだ。
こんなふうに、僕はブログだったけれども、例えばnoteであっても、どこかの誰かが見てくれていて、あなたの書く文章が誰かの心に触れているかもしれない。
そう思うと、文を書いていくことって、たとえそれが上手でなくても、高尚なものでなくても、書き続けていくことで自分が楽しめたり、思いがけず人生を彩るものになるのかもしれないなぁと思ったり。
人生、どこでなにがあるかわからないよ、ということ。
それじゃあ。






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