40にして惑わず?
僕は早生まれのため、同学年の友達から少し遅れて40歳になった。昨今では人生100年時代とは言うが、仮に80歳くらい生きるとしたら、とりあえずの折り返し地点。40歳といえば、不惑の歳とも言われる。AIに聞くと、以下のようなことを言っていた。
孔子という学者が言った「四十にして不惑(ふわく)」という言葉がもとになっている。40歳になったら、自分の生き方に自信が持てるようになり、周りの意見に流されたり、迷ったりしなくなるという意味だ。
この言葉のように、果たして自分の意志や生き方に自信を持っていられているだろうかと言うと、正直言って自信はないけども、40歳というのが一つの節目だとは思っている。
それは具体的には「公務員を辞める」ということ。10数年働いてきて、安定(と言われる)した仕事を手放すのは、世間体もあるし、自分の中では勇気のいることだった。唯一父は自身が定年まで終身雇用で公務員であったため、残念そうではあったが。古い人間だから、相談したら反対されると思ったので事後報告にしておいて正解だった。
理想を言えばこのタイミングでサイドFIREができていたら良かったけど、そんなことができるほどの資産はとてもなく…。ただ、40代は自分のやりたいことを仕事にして、もっと自分の好きに生きたいと思った。働きながら、「これって無駄じゃない?」、「何のために働いてるんだ?」、「本当はこれがしたいのに…」、そんなことをキリなく思い続けながら、毎日疑問を抱きながら、生活していた。
公務員を辞めるということで、やりたかったことがある。それが、副業。副業がしたい、というか色んなことを個人でやってみたいと思ったのだった。こうしたnoteやブログの執筆も、AIを駆使した制作も、YouTubeやその他SNS運用も。今までも趣味として少しずつ手をつけてはやめて、ということを繰り返していたのだけど、やりたいことがあり過ぎて、今の仕事の傍、では満足にできなかった。自分の性格からして、背水の陣を敷いて、集中して取り組まないと本気が出ない。そういうことがわかってきたのも、40歳という年齢になったからかもしれない。
当然、食べていかねばならないので別のやりたい本業の仕事がありつつ、こうした発信をしていくということで、趣味が少しでもお小遣い稼ぎになれば良いな、なんて甘い考えでいる。そういうことすらも公務員ではできなかったからね。
とりあえずやってみないとわからない。そして継続は力なり。ということについてもAIに聞いてみた。
「思う者は100人、始める者は10人、続ける者は1人」
頭の中で「やりたい」と考える人はたくさんいる。しかし、実際に動き出す人はそのうちの1割しかいない。さらに、その動き出した人のうち、最後までやり通す人はたった1割だという意味だ。
コツコツ継続することは、元来好きな性格。これも、40歳になって改めて感じている自分の特徴。
ぼちぼち、はじめていきます。



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