マラソン大会でビリだった僕が、東京マラソンを走ってみた
2026年3月1日、今日は東京マラソンの日でしたね。
大迫選手、日本勢トップおめでとうございます。
さて、毎年この時期になると、今からもう3年も前の話だけれど、ノリで申し込んで当選してしまった東京マラソンを走ったことを思い出す🏃
1.まさかの当選
それは去る2020年大会のこと。友達が毎回申し込んでも当たらないと言っている中、こんな長距離を苦手としている人間が一発で当選してしまい申し訳ない気持ちになったことを覚えている。何を隠そう、僕は学生時代、マラソンや持久走の類が大の苦手だったのだ。小学生の頃の持久走大会はいつも後ろから数えた方が早かったし、中学の頃の体育の授業ではほぼビリ。俺より太った人(失礼)よりも遅かったのだ。高校の頃は陸上部の部長だったにも関わらず、短距離選手だからと言い訳を差し引いたとしても、長距離は後輩よりも遅く、ビリだった。
そんな長距離苦手マンの僕がなんでこんな日本一有名なマラソン大会に申し込んだのだろうと思うと今も不思議だが、当時、友達とたまにハーフマラソンなどに出たりして長距離への耐性がついてきてハードルが低くなっていた(陸上だけに)のと、走り終わった後の爽快感や食べ物・飲み物が美味しいということを味わっていたからのような気がする。
当たってしまったものはしょうがない。高いエントリー料も払ってしまったし、やるしかない。出場に向けて素人ながらも地道に練習を重ね、間に10kmやハーフマラソンなどの大会で慣らしながらその日を迎えようとしていた。
しかしその矢先、新型コロナウィルスの蔓延により大会は中止。未曾有の事態で、運営も本当に大変なことであったろうことは想像に難くない。だが、一般弱小ランナーとしては、出場権は保たれるものの、エントリー代は返ってこないという更なるショック…。
そしてその3年後、コロナがある程度落ち着いたタイミングでの出場となった。たしか出場権は2021〜23年あたりで選べたので、コロナの行方もどうなるかわからないし、体力作りという意味でもなるべく備えておこうということで遠くの日程に設定した。
だが、実際には着々と練習を積み重ねることはできず、モチベーションを保てなかった。2020年大会にここぞとばかりに意気込んで臨んでいただけにショックが大きく、なんとなく、走ったりジムに行ったりということから遠のいてしまった。
と、いうことで結果的に準備は不十分なまま、東京マラソン2023に臨んだのだった。
2.臨んでみた結果
その結果は、なんとか完走はできた…というか半分以上歩いた。完歩だ。でも、とりあえず制限時間内に完走するという目標は達成できたので良かった。
学生時代、短距離は1番速く長距離は1番遅かった中高陸上部時代の自分からしたら快挙である。
以下に、走った直後に走りながら思ったことなど、当時書いていたことを思い起こして補正した✏️
3.当時の備忘録
・事前の申請でタイムは遅く申告していたので、当然スタートは後ろの方。そうすると、何万人というランナーが前にいるので、号砲から自分がスタートラインを越すまでゆうに30分はかかったように思う。
・3キロ付近で既に左膝の痛みが襲ってきた。また走ってると次は右膝、足首、背中、首…おそらく鍛えられていない部位が変わりばんこに悲鳴をあげてきたのだろう。それをそのまま受け入れることにした。
・5キロ前くらいに沿道で応援する安田美沙子さんを見かけて、もうそれだけで出場した意味があったと思ったし、もうこれで帰っても良いとさえ思った。
・事前に村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」を再読しておいたのが意外にも役立った。”疲弊していることが、いわば「常態」として僕の中に自然に受け入れられていった”という一文が、「あ、この足の痛みはもうどう足掻いたって痛いんだからそれが常だと思えば良いか」と悟り、あとはただ自分の意思と反して動かなくならない限りは、痛くとも足を前に進めよう、と。
・30kmの壁とはよく言うが、もう15km時点で足が動かなくなり始めたのでそれ以降はずっと壁であった。だけれど意外と時間が経つのが早く感じたので助かった。
・給水所のコップが品切れになる、塩ラムネや羊羹も品切れるになるなど、そこを頼っちゃいけないなと思った。出発前にポッケとポーチパンパンに入れて重たかったアミノバイタルのゼリーと顆粒が本当役立った。あとカンロ飴。甘としょっぱは正義なのだ🍬
・走る時の格好に悩んだけれど、ナイロンパーカーを着ておいて正解だった。待ち時間がやたら長いし、後半は歩くことが多くなり体が冷えたので、体温調節ができて良かった。
・水を飲み過ぎたのかトイレに5回も行った。あと、号砲が鳴ってからスタート地点まで30分以上かかり、寒空の下ということで尿意が飛んでもなかった。当時も問題になっていたけど、都庁前の植え込みに立ちションしてしまうランナーを何人も見た。
自分は簡易トイレに並んで用を足したものの、トイレだけで計60分はロスしてる気がする。それを差し引いてもタイムは振るわなかったが、そのロスのせいで各地点の足切りに引っかかりそうになり、危うく強制リタイヤとなるとこだった。あぶね。
・20km地点で急にランナーズハイのようなものが起こり、足は痛いながらも「あーこの大会に出れて良かったなー!楽しいなー!」と気分が高揚して涙ぐんだ。それ以降足が痛くて痛くて別の意味で泣いたが。帰りの電車では階段を使えず、エスカレーターやエレベーターを使わせてもらった。
・事前にランニング用のプレイリストを作っておいて良かった。なかったら暇すぎて発狂するところだったし、所々で励まされて力が出たので音楽の力ってやっぱり偉大なだなぁと。
・Apple Watchだけではフルマラソンは保たない(当時は。今はultraがあるから大丈夫かな)。iPhone +薄いモバイルバッテリーくらいないと厳しい(嵩張る)。
そして初のフルマラソンを完走し、まず思ったのは、達成感でも脱力感でもなく、「健康な生活をするためならここまでする必要はないな」ということであった。
以上、東京マラソンについての思い出を振り返ってみました。



コメントを残す